Takamitsu Sakamoto

人は忘れる。
写真は覚えている。
三代目です。
祖父の坂本光雄は時代を撮り、父の坂本信は工業写真という場所を切り拓きました。私はその続きにいます。
子どもの頃、スタジオは遊び場でした。カメラは玩具でした。写真が特別なものだと知ったのは、ずいぶん後のことです。
撮り続けるうちに、ひとつの問いが残りました。
人はなぜ残そうとするのか。なぜ、大切なものほど先に失われていくのか。
たぶん、残したいのは写真ではないのだと思います。その写真の中に流れていた時間です。
家族といた時間。誰かを想っていた時間。笑っていた時間。うまくいくかわからないまま踏み出した時間。人生は、そういう戻れない時間でできています。
けれど人は忘れます。記憶は薄れ、語られなくなり、大切なものほど静かに見えなくなっていく。
長いこと、その様子を見てきました。そして思うようになりました。失われていくものの中にこそ、その人が本当に大切にしているものがある。
だから私が向き合っているのは、写真ではありません。
忘れられた記憶。語られなかった物語。誰にも渡されなかった想い。節目の日に流れていた空気。本人もまだ気づいていない、その人の大事なもの。
それを見つけて、人に伝わる形にして手渡す。それが仕事だと思っています。
写真は終着点ではありません。時間を止めるための道具でもありません。
人が忘れてしまった時間を、代わりに覚えていてくれるもの。そして、その時間をもう一度動かすための扉です。
一枚の写真から、誰かが話し始める。その話が、別の誰かの記憶を呼び起こす。記憶から問いが生まれ、問いから気づきが生まれ、気づきがまた新しい物語になる。そして物語は、誰かの人生の中で生き続けていく。
私が見ているのは、その連鎖です。
写真だけでは届かないものもあります。だから言葉を使い、問いを立て、学ぶ場をつくり、人と人が出会う場所をひらいています。
私にとってのアートは、物をつくることだけではありません。一枚の写真から始まった何かが、人の中で変わって、また誰かへ渡っていく。その連鎖そのものが、私の作品です。
残したいのは、姿だけではありません。
その人が生きた時間です。
祖父から父へ。父から私へ。
受け継いだものを胸に、今日もカメラを持ちます。
人は忘れる。
写真は覚えている。
だから私は残す。
そして、未来へ手渡す。